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客員教員紹介

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林家先生原先生吉増先生

三木 紀人 (みき すみと)先生

● インタビュー

三木紀人客員教授
どんな学生時代でしたか?
学部で4年間、大学院で7年間、昭和30年代を同じ大学で過ごしました。日本の文学を中心に勉強し、映画鑑賞、山登り、野球などで大いに楽しみもしました。本をよく買い、かなり色々なものを読みました。それらは、後々教員として生きていく上で貴重な糧になりましたが、おびただしい本は場所ふさぎで悩みの種にもなっています。学部時代は何人もの家庭教師を担当、大学院時代はいくつもの高校の教師を兼ねていたので、やたらに忙しく、しかし、充実した時代でした。その頃の日記を読み返すと、当時の経験が明確に記憶の中に蘇ってきて、今もその時代の中にいるかのような若返った気分になります。
どのようなきっかけで日本中世文学の研究を始められたのですか?
幼いころから歴史ものの本を読んだり、時代劇映画を見るのが好きでしたが、特に高校時代に家で取っていた週刊朝日連載の歴史小説、吉川英治『新平家物語』を愛読したことがその後を決めたと思います。その頃、平家物語の描く動乱期について、あたかも現在進行中のことのように友達と興奮し、雑誌の最新号を読んだ翌日に教室で「誰それはとうとう死んでしまったね!」などと語り合ったものです。今、大学紀尾井町キャンパスの大学院生と社会人の合同講義(「平家物語を読む」)で、そんな思い出話をすると、僕と同世代の方々は力強くうなずいてくれます。その方々はそれぞれ別の道に行かれたのですが、僕は源平の時代やその周辺との縁を持ち続けて、以後50年以上生きて来たわけで、これからも変わらないと思います。
中国やハンガリーから来た留学生も、先生のもとで日本の古典を研究しています。そのことを通してどのようなことをお感じになりますか?
留学生たちからすると、日本の古典など、時間と空間の双方で、はるか彼方の無縁のもののはずなのに、とてもよく理解し、吸収できる人が多いのに、この30何年、びっくりし続けています。それは彼らの感性や能力が優れているからでしょうが、彼らが容易に時代や国境を越えるのには、言葉の力の偉大さによるところが大きいといつも痛感しています。面倒な日本語をよく習得している留学生一人ひとりに対して感心する反面、こちらも彼らの言語を活用できればどれほどよかっただろうと思いつつ、もっぱら翻訳に頼って外国の文化を十分に学べなかった悔しさを噛みしめることが少なくありません。

三木紀人先生どうも有難うございました。先生は、古典教材のアニメーション化も手がけられています。先生の授業をとおして、古典をもっと身近なものに感じてほしいと思います。

● プロフィール

1959年 東京大学文学部国文科卒業。
1966年 東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得満期退学。静岡女子大学講師。
1970年 共立女子短期大学部国語科助教授。
1971年 成蹊大学文学部助教授。
1975年 お茶の水女子大学助教授。
1980年 同大学教授。
2001年 同大学定年退官、名誉教授。城西国際大学教授。
2006年 城西国際大学招聘教授。
2008年 城西国際大学国際人文学部客員教授。
専門分野は中世文学、特に説話、随筆。鴨長明や兼好法師など隠者とその作品

● 著書など

・著書
『方丈記・徒然草』(鑑賞日本の古典) 尚学図書, 1980
『鴨長明 閑居の人』(日本の作家) 新典社, 1984。のち講談社学術文庫
『多武峰ひじり譚』法藏館, 1988
『日本周遊古典の旅』新潮選書, 1990
『つれづれ人生訓 「徒然草」が教えてくれる』集英社, 1995
・編著共編
『徒然草』市古貞次 明治書院, 1970 (古典アルバム)
『仏教文学の古典』紀野一義 有斐閣新書, 1979-80
『今昔物語集宇治拾遺物語必携』学燈社, 1988
『宗教のキーワード集』山形孝夫 學燈社, 2005
・校注・訳註
『雑談集 無住』(中世の文学) 山田昭全共校注 三弥井書店, 1973
『宇治拾遺物語』小林保治,原田行造共編 桜楓社, 1976
『方丈記・発心集』(新潮日本古典集成) 新潮社, 1976
『徒然草 1-4』 講談社学術文庫, 1979-82
『方丈記・発心集・歎異抄』(現代語訳学燈文庫) 学燈社, 1982
『大乗仏典 中国・日本篇 無住・虎関』山田昭全共訳 中央公論社, 1989
『新日本古典文学大系 宇治拾遺物語・古本説話集』岩波書店, 1990
『今物語』 講談社学術文庫, 1998

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