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園芸・健康コア

シリーズ 『アロマと環境(No.6)』
アロマテラピー事始め

 

環境社会学部教授 川口 健夫
(薬学博士)

 アロマテラピー(aromatherapy)という言葉と概念は、1928年(昭和3年)フランスのルネ・モーリス・ガットフォセによって提唱されたとされています。しかし、それより約20年も前の明治42年(1909年)に発表された夏目漱石の作品中にアロマテラピーの記述が存在しています。

 漱石前期三部作の中間を成す小説『それから』の主人公 代助は、学問・教養があり生活にも困らない「高等遊民」ですが、世間との折り合いに苦悩しています。その過敏な精神を癒(いや)すために、アロマテラピーが用いられる場面があります。

 「・・・・・蟻(あり)の座敷へ上がる時候になった。代助は大きな鉢へ水を張って、その中に真っ白な鈴蘭を茎ごと漬けた。簇(むら)がる細かい花が、濃い模様の縁を隠した。鉢を動かすと、花が零れる。代助はそれを大きな字引の上に載せた。そうして、その傍に枕を置いて仰向けに倒れた。黒い頭が丁度鉢の陰になって、花から出る香が、好い具合に鼻に通った。・・・・・瞼(まぶた)を閉じて、瞳(ひとみ)に落ちる光線を謝絶して、静かに鼻の穴だけで呼吸しているうちに、枕元の花が、次第に夢の方へ、躁(さわ)ぐ意識を吹いて行く。これが成功すると、代助の神経が生まれ代ったように落ち着いて、世間との連絡が、前よりは比較的楽に取れる・・・」

 漱石は、前作「三四郎」でも当時はまだ珍しかった、ヘリオトロープの香水を印象的な主題として用いています。香りは感情を育み、文学の主題にもなります。日本には、古くから香(こう)の文化があります。「香」は「嗅ぐ」ものではなく「聞く」と表現します。夜の長いこの季節、静かに芳香を聴いてみませんか?

 


鈴蘭(学名:Convallaria majalish L.) 英名のlily of the valleyが示すように、蘭ではなくユリ科の多年草です。花や根に複数の強心配糖体を含有する有毒植物で、花を活けた水を飲んでも中毒を起こし、誤飲による死亡例もあります。作品『それから』では女主人公の三千代が、鈴蘭を漬けた鉢の水を飲む場面があり、「「だつて毒ぢやないでせう(じゃないでしょう)と三千代は手に持つた洋盃(こっぷ)(コップ)を代助の前へ出して、透かして見せた。」とあります。さすがの漱石も鈴蘭の毒性は知らなかったようです。