研修・インターンシップ

HOME > 研修・インターンシップ > 国内研修プログラム > 宮城・福島研修 > 宮城・福島研修04

国内研修

Miyagi・Fukushima Study Program

国内研修 -宮城・福島研修- 

《学生の声》
「国内研修(宮城・福島)を終えて」 TW2015-001 阿部 楓子
 2月22日から24日までの3日間、国内研修で宮城県の松島と女川町、福島県の会津若松市を訪れた。東日本大震災の被災地である両県の現状や観光について、実際に自分の目で見たり、現地の方にお話を伺ったりと、多くのことを体感できた研修だった。今回の研修を受けて学んだことを、津波により甚大な被害を受けた女川町のまちづくりについて述べていきたいと思う。
 女川町は宮城県の太平洋沿岸に位置し、震災前は全国に6000ある漁港のうち13番目の漁獲量を誇るなど、海産物に恵まれている。また原子力発電所があることでも知られている。震災では14.8mもの津波に襲われ、827名が死亡し、そのうちの258名はまだ発見されていないそうだ。(2013年9月17日現在)津波で被害を受けたことから、土地のかさ上げ工事が行われている。女川町を訪れた最初の印象は、かさ上げ工事のため更地やトラックが多くみられ、震災の傷跡はまだまだ残っている、というものだった。しかし女川駅を中心に商業・観光施設の建設が進められていて、復興へ向けて一歩ずつ進んでいるのだと感じた。
 女川のまちづくりを支えるNGO団体アスヘノキボウの方にお話を伺った際に、「住み残る、住み戻る、住み来る」という言葉が印象に残った。まず住民が女川に留まり、離れてしまった住民に戻ってきてもらい、他の地域から人を招く、というこの言葉通り復興を信じて女川に残った人達の力が復興の大きな力になっていると思った。前日に宿泊したトレーラーハウスELFAROの理事長、佐々木さんも、震災によって一度女川を離れたが、また女川で宿泊業をしたいと思い、トレーラーハウスを始めたそうだ。基礎が必要なく、移動可能なトレーラーハウスは女川の貴重な宿泊施設として、復興の作業をする人や観光客、家がなくなってしまったが女川に戻ってきたいという人たちにとって重要な場所となっている。また次世代が中心となったまちづくりということで、交流館を通った際に毎年行われているという復興祭の会議の様子を外から見ることができたが、若い年代が多く参加していると感じた。復興やまちづくりには長い年月がかかる。今あるものを継続していくためにも、改善していくためにも、もっと積極的に若い世代が関わっていくことが大切だと思った。


「国内研修を終えて」 TW2015-007 太田 望海
 このレポートは、2016年2月22日〜24日の3日間で実施された国内研修で、学んだことや気づいたことをまとめたものである。今回の国内研修では宮城県女川町と福島県会津若松市を訪れた。今回は女川町のまちづくりについて考えていきたい。
 私たちに話をしてくださった女川町の方々は、震災で愛する人を失っていた。初めてお話を直接聞き、復興の思いや女川町への熱い思いを感じた。もちろん、女川町の方々が安心して住めるようなまちを作るのもそうだが、「新しい女川町」を作ることにも力を入れている。
 私たちが泊まったトレーラーハウスは、地元の方のことを考えて地元の方が作った。今では研修や調査できている人が多く利用している。土地のかさ上げの問題で簡単に建築物を建てられという問題をクリアしながらも、地元の方やその親戚の方のために「宿泊施設」を作るということは簡単ではなかったであろう。その中でこのような素敵な施設ができ、そこに泊まれたことはとても良い体験であった。
 女川町はとても大きな被害があった。それは、ラジオや新聞でも「女川町、壊滅的」と言われるほどであった。それでも女川町の方々は復興に向かって進んでいる。「新しい女川町に生まれ変わるんだ」この思いはとても強いものだ。
 宮城県女川町や福島県の沿岸部は2011年の震災で、大きな被害を受けた地域である。私は石川県にいたため、研修以前ではほとんどに近いほど知識がなく、行ったこともなければ見たこともない、復興に関してもテレビで見るだけで現実味はないという感じであった。しかし女川町に着き外を見て、自分の目を疑った。後にその場所から撮影された、震災当時の映像を見ることになるのだが「実際に起こったこと」とはやはり思えなかったのを覚えている。実際に女川町を訪れたことは、知らないこと、知っているつもりだったことを深く知り、そして自分の視野や選択肢を広げる機会となった。そして「震災での被害」で「愛する人を失った方々の思い」、そして「女川町を想う気持ち」を肌で感じることができた。
 このような研修に参加したことで、ここに書ききれなかったこと以外にも多くのものを手に入れることができた。これらをこの先の自分に反映できたらと考えている。また今回で終わりではなく、これからも女川町を見つめるとともに私自身も「復興の目撃者」の1人となっていきたい。


「国内研修を終えて」 TW2015-008 大谷 諭史
 私は2月22日曜日から24日までの日程で宮城県松島町、女川町、福島県会津若松市へ研修に訪れた。様々な講和や視察が出来たのでとても充実した研修となった。
 私の生まれ故郷である宮城県石巻市の隣町女川町に訪れた。女川町は震災の被害が尋常ではないほどの被害を受け、もう2度と昔の女川の風景は見られないほど根こそぎ津波に流されてしまった。そして、滞在したトレーラーハウス代表理事佐々木様から震災当時の状況を語っていただいた。その方は私の親戚の友人であり、縁というものを感じた。私の生まれ故郷である石巻市も尋常ではない津波の被害を受け、母方の実家が流され、目の前で人が流されていく光景を私もこの目で見ている。そのため、震災の話や津波の映像となると、目に光るものが今でもある。しかし、女川を始めとする震災の被害を受けた全ての町、そして住民は下を向いてはいなかった。新しい町を作るために人々が必死になって復興しているのを感じて、私も一緒になって頑張らなくてはいけないと奮起し、応援をいただいた感じがした。「女川は流されたのではない。新しい女川に生まれ変わるのだ」という言葉が様々なところにあり、私もとても感銘を受けた。この言葉を胸に人々が前を向き頑張っているのだと思った。
 私は、今回の国内研修で様々な場所に訪れ、視察を行う中で、鴨川市の観光にも活かせることはないかと考えた。松島町には海産物を名物にしたお店が多くあった。そして、会津若松市には、レンタサイクルや市内観光循環バスなど多くのものが活かせるのではないかと思った。
 鴨川市にもレンタサイクルがある。だが、まだまだ知られていなく、どこで借りられるのかなどの詳細な情報もわかりにくい。そこで私は、レンタサイクルを借りられる場所をもっと増やし、乗り捨て方式にし、鴨川市の主要な場所や観光スポットに設置すれば、夏や春のサイクリングにちょうど良い季節であれば、車の渋滞にも巻き込まれずに観光ができると思った。やはり、利用者を増やすには低価格が良いと思う。そして、我々観光学部の学生が実際にレンタサイクルで様々な所に訪れ、道の特徴や乗り心地などを自ら体験し、観光客向けの観光マップの作成を行っても良いと思った。そのようにすれば、観光地を訪れたい人にもわかりやすく解説出来ると思った。
 今回国内研修に参加して、人々の心情の変化や鴨川市の観光の活性化について学ぶことが出来た。震災を経験し、ゼロからのスタートになってもポジティブになり奮起して復興している人々に励まされもした。一般の人にしてみると、我々が応援する立場なのではないかと思うのではないか。しかし、実際は違う。震災を経験した私が代弁するが、「頑張って」などといった言葉をかけられるのは飽きている。そして何よりも、孤独感を感じてならないのである。むしろ被災者の立場で言うと、「一緒に頑張りたい」のである。一緒に復興をし、新しい町を作っていきたいのが心情で、誰にも言えない本音である。震災から5年が経過するが、たった5年でその当時の記憶は薄れつつある。しかし、今もなお様々な人からの支援を必要とし、被災者や被災地は前へ前へと進んでいる。観光が出来るという事はとても平和なことである。これは本学客員教授の梅原一剛先生の言葉である。震災を経験し、東北の観光はまだまだ震災以前の水準には戻っていないと感じる。被災者も同じだ。これからの被災者支援はでできることは、実際に被災地に赴き、被災者の前向きさなどを感じ、共に歩んでいくという気持ちを忘れないことなのではないか。
 鴨川市と東北地方はどこか似ているところがある。だからというわけでもないが、私は鴨川市が好きである。今回の研修では、観光ができる幸せを実感し、観光産業で働くことの意義を感じ、東北のためにも、日本のためにも今後の観光産業を発展して行くことが私の使命でもあり、目標でもあると実感することができた。


「国内研修での学び」 TW2015-009 大畑 夏海
 私は今回の研修で町づくりのあり方について学んだ。鴨川に置き換えたときにこれから何が必要なのか見えてくるものがあると思った。一つ目は起業へのサポートが少ないこと、二つ目は鴨川の人口増加のためには新しい事業を作っていかなければならないこと、三つ目は人も魅力というものをもっと伝えていかなければならないということである。これらを改善させ、発展させていくためは、鴨川に合わせた形の変化が必要であると思った。また、私は女川町の頑張っている人たちや活発な町作りが楽しそうに思えたので、ここでのインターンシップも頭の中に入れつつ、プライベートでもまた女川町を訪れ、その変化を見届けたいと思った。そんな町づくりを鴨川でもしていけたらいいと思う。
 震災から5年が経った今、外国人の方が、福島を訪れてくれるようになったという。しかしその目的は観光ではなく復興について学ぶためや支援のためであるケースが多い聞いた。私はそれを聞いて少し胸が痛んだ。私も福島県出身で、福島県には多くの観光資源があり、そこに住む人もとても優しい。いいところずくめのこの県が、ただただ被災地だからとそれを理由に訪れる人が多いのは、決して悪いことではないけれど、でも本来の福島の良いところを知ってほしい気持ちもある。今回、私は会津若松市を散策する中で、ろうそくの絵付け体験を行った。その際に、絵ろうそくを作っているおじいさんから会津のお話を聞くことができた。浜通りなどの被害が大きかった地域の人はいろんな支援を受けて復興活動がどんどん進んでいるけれど会津は見捨てられてしまっている、そんなお話を聞いた。しかし、会津は歴史が息づく場所だから大事にしてほしいともおっしゃっていた。街中の景色を見て、歩いてみて、私の住んでいた町にはない文化が感じられる町で、憧れを少し持った。会津若松市は歴史があり、美味しいものがあり、素晴らしい人に恵まれているのだから、まだまだ観光事業で発展していくことができると今回の研修で感じた。


「国内研修を終えて」 TW2015-039 磯野 花子
 女川町のまちづくりは、「まちびらき」と呼ばれる更地になった土地に新たな町をつくる復興のまちづくりである。女川町は宮城県の東に位置し、銀鮭や牡蠣、ホタテの養殖が盛んで、秋刀魚の水揚げ量は全国でもトップクラスの業績を誇っている水産資源豊富な小さな港町である。2011年3月11日の東日本大震災による津波で、町の8割が被災し、人口減少率が全国一位となるほどの壊滅的な被害を受けたが、町全体を新たにデザインする復興事業が急速に進んでいることから、近年注目を浴びている。それは、居住地を高台に集約し、商業施設や水産加工施設等を低地に置くことで、津波がきても逃げられるような町をつくると同時に、海に囲まれていることを最大限に生かすことで女川らしさも残していくコンパクトなまちづくりのことである。そしてそれは、若い世代が中心となって行っており、持続可能なまちづくりの実現を目指していることも特徴的である。
 そんな女川町にきてまず思ったことは、予想以上に町民の方が生き生きとしているということだ。震災で壊滅的な被害を受けたのにも関わらず、町民一人ひとりが前を向いてたくましく一歩を踏み出している。それは何故かと考えたら、新しく出来たJR女川駅で売られていた「女川ポスター展全集」の中に答えがあった。そのポスター展というのは、河北新報社の復興支援事業「今できることプロジェクト」の一環で、女川町の企業・商店とクリエーターが一緒になってインパクトのあるポスターを作ることで地域を活性化させることを目指した企画である。そしてそのポスターを実際に店頭などに展示し、総選挙を行ったところ、それが話題となり様々なメディアに取り上げられ、女川町へ多くの観光客が訪れるきっかけとなった。そのポスターの多くはもちろんインパクトの強いものばかりだが、何よりも女川町の人々の個性を活かし、一人ひとりに焦点を当ててつくられているところが印象に残っている。これは女川町ならではのまちづくりにも共通するところがある。
 女川町のまちづくりには、小中学生も参加し、30代・40代が中心となって動き、50代・60代が下から支え、町民全員が一丸となって行うという特徴がある。つまり、町民一人ひとりが主人公である町ということだ。これは非常に重要な点で「町づくりは人づくり」といわれるように、町の最大の資産はそこに住む人であり、町の魅力はそこに集約されるからだ。つまり、女川町の最大の魅力は人であり、それは一人ひとりがまちづくりに関わっているからこそより強く表れたものであると感じた。だからこそ、女川町は急速にまちづくりが進んでいるのだと思った。
 最後に、この研修に参加したことで多く学ぶことができ、よい経験となった。また機会があれば行ってみたいと思った。特に女川町は本当にまた行きたいと感じた。


「国内研修を終えて」 TW2015-041 及川 奈七愛
 私たちは2月22日から24日に宮城県女川町・松島町、福島県会津若松市を訪れた。
女川町では施設を見学しながら、宿泊施設ELFAROや非営利活動法人アスヘノキボウの方々からお話を聞かせていただいた。女川町は、5年前に起きた東日本大震災において千年に一度といわれる津波の被害に遭い、町は黒い波に飲み込まれ約8割が一瞬にして壊滅的な姿へとなった。そんなゼロからのスタート。震災の影響により多くの町民は生まれ育った町を離れていき、人口減少率が日本一となってしまった。
 しかし女川町の人々は諦めなかった。ゼロからのスタートという言葉をポジティブに考え、「あたらしいスタートが世界一生まれる町」として町全体で取り組みを始め、一歩一歩復興へ前進していた。女川町のまちづくりは、町民一人一人が女川町へ熱い思いを持っていて、比較手若い世代が中心となって取り組んでいるように感じた。また、海を最大限に生かすことを基本としており、防波堤を作らず町内各所から海が見えるようになっていた。この考えは、この町を本当に好きだからこそ思いつくものだと思う。
 女川町では、「住み残る」「住み戻る」「住み来る」という3つのテーマをまちづくりのコンセプトとしていて、その中でも最も力を入れているのは「住み来る」という考え方であるという。「住み来る」というのは、まずは町に関わる人を増やす、通過ではなくここで活動する人を増やす、つまり「活動人口」を増やすことが重要であるとアスヘノキボウの中村さんは話していた。まちづくりというものは決して容易ではなく、女川町の復興も5年が経つ現在でもまだまだといった段階である。工事には時間がかかり、色のない町並みが変化するにもさらに5年はかかるだろうと現地の方は話していた。しかし、復興は少しずつではあるが確実に一歩一歩前進している。実際に女川町はJR女川駅をはじめ、テナント型商店街シーパルピア女川、トレーラーハウスELFARO、水産業体験館あがいんステーションといった施設が建設され、女川町へ確かなにぎわいをもたらしている。ELFAROの理事である佐々木さんがおっしゃった”来年また来て何が変わったのか見てほしい”という願いを聞き、今後さらに変化していく女川町に関心を持ち、復興の目撃者となれるよう過ごしていきたい。
 国内研修に参加して、まちづくりや観光プランニングなどを学んだ。私は宮城県出身でありながらも初めて女川町を訪れた。震災からこれまでの復興やまちづくりのお話を聞かせていただき、胸に響くものが多くあった。ゼロからのスタートにも関わらず苦難を乗り越え、明るく前へ一歩一歩進んでいる女川町の姿や、そこで頑張る女川町の方々に私が勇気付けられ励まされたように感じる。
 私たちは被災地のためになにが出来るだろうか。それはまたこの地を訪れ、復興を見届けることである。東北地方の人の温かさや良さ、美味しいものや素敵な観光地を進んで発信していき、少しでも被災地の力になりたいと強く感じた。また今回の研修を通して鴨川市において活かせるものを見つけることが出来た。それはレンタサイクルである。現在鴨川市でもあるようだがその認知度は低く、現に利用者を見たことがない。そこで駅や観光スポットなど目立つ場所に設置し、乗り捨て方式にするなどをして誰でも手軽に利用できるようにすることで、春夏に多い鴨川への観光客に利用してもらえるのではないかと考えた。宮城県の松島のように鴨川松島も地域の資源として活用できるようになってほしい。せっかく観光地である鴨川に住み大学生活を送っているので、積極的に鴨川のイベントなどに参加して、この地域を盛り上げるために意欲的に活動していきたい。国内研修に参加して多くのことを感じ、学ぶことが出来て良かったと思う。また機会があればぜひ参加したい。


〜感想〜

TW2012-033 木下 豪
 女川町のこれからの復興で、私たちができることがあると気づきました。それは、再び女川町を訪れることです。女川町の人たちは町がどんどんきれいになっていく姿や、どう変わっていくかを見届けてもらいたいとおっしゃっていました。他にも私たちにできることがあるならどんなに小さいことでも積極的に復興の手助けができたらいいと思いました。
 今回の研修に参加し、被災地に訪問したことで、あたりまえなことがあたりまえではないことに気づきました。日々の生活や、友人、家族の大切さをこれからはもっと深く考え、一日一日を大事に生活していこうと思いました。

TW2012-501 楊 挺
 今回の研修で綺麗な観光地と長い歴史がある観光地へ行ってきたが、一番気付いたのが復興するためにどんな困難があっても、どんな悲しいことがあっても頑張っている女川町の人々の印象である。この町の人々の努力を見た後で、私自身も激励されているように感じた。今後、何らかの形で女川町に貢献したいと強く感じた。

TW2013-009 斎藤 愼也
 東日本大震災からもうすぐ5年という月日が経ちますが、実際に訪れてみると、まだまだ復興の真只中でした。当時、高校生だった私は、震災による被害に対して、どこか他人事のように考えていた部分がありました。しかし、被災された経験のあるトレーラーハウスELFARO代表理事の佐々木さんのお話をお聞きし、とても胸が苦しくなりました。宮城県女川町は震災によって甚大な被害を受けましたが、町民全員が前を向いて復興の最前線で努力していました。女川町では、復興を達成するまでの期間として8年間を計画しているそうです。毎年1年ごとに新しい女川町へと生まれ変わっていきます。新しく変わっていく女川町にまた来年訪れたいと思いました。女川町で学んだ「まちづくり」に対する人々の想いを自分の将来に活かすことができるように頑張りたいと思えた研修でした。

TW2013-016 松本 千明
 私にとって今回の研修は、正直に言えば単位を取りたいという思いで行ったものでした。しかし、いざ研修が始まると、あまりにも楽しく、そして多くの学びがあり、鴨川に帰るころには、非常に心惜しくなっていました。観光地をどうやったら活性化できるか、どんな思いで観光地を盛り上げているのか、改めて観光地に携わる「人」の大切さに気付くことができました。女川町では、女川トレーラーハウスELFARO佐々木さんのように、お辛い体験をしたのにも関わらず、にこやかに接してくださる方々が大勢いて、本当の暖かさを感じると同時に自然とまた女川町に行きたくなりました。会津若松では、「あいづっこ」の教えが受け継がれているのを感じました。様々な観光施設に教えを書いた看板があちこちに立っていたのを覚えています。その教えを先人から受け継いでいるからこそ素晴らしい接客や人が育っていくのだなと思いました。個人的には、もう一度女川町と会津若松へ訪れて、ゆっくりと観光したいと感じました。

TW2013-018 米森 望夢
 東日本大震災が発生した2011年3月11日、私は高校2年生だった。地震が起きた時、人生で初めて大きな揺れを体感した。しかしそれは女川町でお聞きした当時の様子とは比べるべくもないほどのものであった。自宅に帰り、母と地震のことを話しながらニュースを見て、私は「大変だ」としか思えていなかった。しかし、今回の国内研修に参加して、その「大変だ」という思いに現実感がなかったことに気がついた。今回学んだことは、現地を見て、高校2年生の自分を振り返り、何ができたのだろうかということである。震災を映像では目にしていながら、やはり現実とは認識していなかった当時の私自身に反省した。しかし、女川トレーラーハウスELFARO代表理事の佐々木さんがおっしゃっていた、年に1度女川を訪れ、女川がどんどん活性化するのを見守っていくことが、これからできる復興支援という言葉に、大いに気づかされた。大きな力とはならないかもしれないが、それでも私に出来ることがあるのだと思った。

TW2014-002 市川 雅人
 とても、多くのことを学ばせてもらいました。女川町では、「震災」の実際に触れることができ、本当に怖いものだと改めて感じることができました。震災だけではなく、町の復興やこれからできる支援など、もっと様々なことを知ってこれからな生活に活かしていきたいと思いました。

TW2014-013 村田 咲子
 国内研修に参加して、多くの人から人から色々なお話しを聞き、様々な感情があふれた。震災当時の様子を聞いて自然と涙がこぼれたり、ホテルや会津若松市を巡って人々の温かさに触れたりした。女川町では、被災された人々の力強い姿勢に感動し、またこの地を訪れようと思えた。これからもどんどん復興していってほしいし、その様子を見届けたい。この国内研修に参加できて本当に良かった。

TW2014-026 岡本 理菜
 女川町を訪れた際、女川トレーラーハウスELFARO理事長佐々木さんから「支援はまだできることがある」とのお話を聞かせていただいた。今回の研修で女川町にくるまで、「震災」は私の中で他人事であり、ニュースでも見なくなり、すでに「終わったこと」のように認識していた。その矢先に、女川町の現実を目の当たりにし、まだできることはある、支援する側とされる側の相互理解をするきっかけづくりが必要だと思った。佐々木さんの体験談は、ご自身に取っても傷を抉るような話で、おそらく何も感じずにしたわけではないであろう話を聞かせていただいた。だからこそ、もっとこの福島、宮城という被災地の観光について考えるべきだと思った。その機会を与えてくれたこの国内研修に参加してよかったなと思った。

TW2014‐034 萩山 響
 初めて被災地を訪れましたが、これまでの復興や女川町の人たちの思いに、少しでも触れることができたと思います。私は愛媛県の出身ですが、これから先、南海トラフ大地震がいつ起きてもおかしくないと言われています。もしそのような自然災害が起きた際には、今回の研修で得たことを活かして、何か少しでも役に立てればと思います。

EW2015-503 陳怡如(チンイル-)
 私が一番感動したのは、被災地である女川町で、いち早く台湾地震に対する支援が行われていたことである。2月6日未明に台湾南部高雄市でM6.4の地震があり、複数のビルが倒壊した。5年前台湾からの救援金を送ったことを覚えている私としては、女川町での救援機募集の行動に感動した。日本と台湾の絆がまた深くなると感じた。

TW2015-017 多田 充生
 今回の国内研修で私は初めて被災地を訪れ、その爪痕を目撃し、津波の悲惨さを思い知った。町の至る所で土地のかさ上げ工事をしていたが、まだまだ先が長そうだと感じた。初めて訪れた被災地が女川町だったのでこれを何かの縁だと思い、これからも女川町を注目していきたいと思った。また、出来る支援があるのであれば積極的に行いたいと考える。そして震災や復興を行っていることを絶対に忘れることなく、女川町の方々が私たちにいろいろ教えてくれたように、私も未来に伝えられるように日々見守ろうと思う。そしてまた女川町を訪れようと思う。

TW2015-037 青木 拓磨
 私たちは国内研修で宮城の女川町、福島の会津若松に行った。私は、東日本大震災のあった地域に初めて訪問した。この訪問で感じたのは、女川町のみなさんが、皆笑顔で前向きなお話をしていただいたことである。復興から5年の歳月は、前へと進む力を蓄えていたのだと強く感じた。そして、私たちにできることの一つは、これからも被災地を見続けることであると学んだ。

TW2015-040 宇都宮 暉
 この研修に参加できてほんとうに良かった。東日本大震災の被災地である女川町を自分の目で見て、そこに住む人々の話を自分の耳で聞けたことは、やはり、震災というものに現実感を持っていない私にとっては大きな衝撃であった。震災にあった町を一から作りなおし、町を元気にしていこうという気持ちが、様々な方のお話から強く感じとることができた。この研修は、自分の将来に大きく繋がるものであった。またこのような機会があれば積極的に参加したいと思う。

TW2015-049 佐々木 優果
 私は、東日本大震災発生の後、津波の被害にあった町や地域に1度も行ったことがありませんでした。被災地の実状についても、テレビやインターネットなどのメディアを通して傍観しているというのが実際のところでした。東北が甚大な被害をうけて復興に向け活動しているという情報がいつの間にか当たり前で普通のこととして錯覚し、まだ行方不明の方がいるという現実や、心に大きな傷をもった人がいるという現実を、時間の経過が忘れさせているのだと感じました。まだ災害は終わっていないのだということを、今回女川町でお話を聞くことで気づくことができました。

TW2015-052 田口 裕大
 女川トレーラーハウスELFARO代表理事佐々木さんが、募金する事も嬉しいですが、女川町に足を運んでもらいたいと言っていた事が心に残っています。今回の研修に参加することで、震災にあった人や震災にあった町を肌で感じれる事が出来ました。女川町に行くまでは、津波の影響で町もあまり復旧していないと思っていました。しかし、女川町の人たちは、より良い町にし「住み残る」「住み戻る」「住み来る町」にしようと歩みを進めていました。「女川は流されたのではない。新しい女川に生まれ変わるのだ。」という詩が心に響きました。今回の国内研修を通して震災での被害や、復興状況などを細かく知る事ができ、とても多くのことを学ぶことができたと思いました。

TW2015-058 村松春奈
 私はこの国内研修で、初めて東日本大震災の被災地、女川町に行きました。被災地の映像などはよくテレビで見ていたのですが、実際に被災地を見るのは初めてでした。この二日間の研修で女川町についてのお話をいろいろ聞かせていただき、地震の怖さ、それぞれの団体がどのように女川町を復興し、まちづくりしているかを知ることができました。是非、もう一度女川を訪問し、復興の進みを見届けていきたいです。

TW2015-059 山口 大貴
 この研修に参加して、多くのことを学びました。そして多くの人と触れ合うことができ、やはり「観光」で一番大切なことは地域とのつながりであり、そこに住む方々と触れ合うことだと言うことを学びました。女川町で気づいたことは、そこで接した人々がとても暖かいということでした。震災があったのにも関わらず前を向いて歩んでいました。なぜ、それができるのかを尋ねたところ、「この震災があったことで、私達は大きな絆ができた。そして新しい女川町にして世界中の人々に女川町を知ってもらいたい。」と話してくれました。とても心に響きました。


宮城・福島研修
会津若松市内散策の様子


宮城・福島研修
 会津若松市内散策の様子


宮城・福島研修
会津若松市内散策の様子


宮城・福島研修
会津若松市内散策の様子


宮城・福島研修
会津若松市内散策の様子


宮城・福島研修
会津若松市内散策の様子


宮城・福島研修
会津若松市内散策の様子


宮城・福島研修
会津若松市内散策の様子


宮城・福島研修
会津若松市内散策の様子


宮城・福島研修
会津若松市内散策の様子


国内研修-宮城・福島研修- 学生のコメント
国内研修-宮城・福島研修- (3)
国内研修-宮城・福島研修- (2)
国内研修-宮城・福島研修- (1)
indexに戻る

ページの上に戻る

入試・オープンキャンパス情報奨学金についてニュース交通アクセス鴨川アパートオーナー会お問い合わせJIU HOME