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災害について考える ― 被害者遺族の立ち直りについて ―

  • コラム「環境と社会」

9月6日未明に北海道を最大震度7の地震が襲い、大きな被害をもたらしました。被害にあわれた方には、お見舞い申し上げます。

今年は、7月に西日本豪雨災害が発生し、9月4日には、台風21号が関西に大きな爪痕を残し、その2日後には、北海道での大きな地震により、大きな被害が発生しました。

このような災害で、身近な人を亡くした方々の悲しみは深く、それを思うと胸が痛みます。また、そこからの立ち直りは容易ではありません。しかしながら、どんなに打ち拉がれていようとも、復興活動をやめるわけにはいきません。

7月初旬の西日本豪雨災害では、多くの方が亡くなられた事は記憶に新しいと思います。7月18日の産経新聞には、亡くなられた方の死因についての記事が掲載されていました(※1)。また、この災害がどのようなメカニズムで発生したのかについての科学的な検証もなされています。

このような災害は、毎年のように日本列島を襲い、そのたびに多くの方が犠牲になっています。身近な人が「なぜ死んだのか」という遺族の問いかけに対して、現代社会は、上記のような原因を答えてくれるだけで、彼らが「なぜそこにいて、なぜ死ななければならなかったのか」については答えてくれません(※2)。

2011年3月11日に発生した東日本大震災のあと、被災地では、犠牲者の遺族が、犠牲となった身近な人の幽霊に会い、言葉を交わし、それによって、ある程度、心の安定を得ているという報告がなされています(※3)。非科学的ともいえる現象が、深い悲しみのなかにある人々に生きる力を与えていることは、科学によって実証されたもののみを実在すると考える傾向にある現代にあって、実に皮肉なことです。

私たちが考える一般的な「事実」とは異なる、個人個人の、非科学的な「事実」が別にあって、それによって、身近な人の死に遭遇した方の心の重荷が少しでも軽くなり、納得し、無理なく立ち直ることができる(※4)ならば、その存在意義を丁寧に再考してみる必要があると、私は思います。

最後に、改めて、あらゆる災害によって、被害に遭われた皆様に、お見舞い申し上げます。

 

※1 『産経新聞』2018年7月18日

※2 河合隼雄『対話する生と死』大和書房(2006年)

※3 奥野修司『魂でもいいから、そばにいて 3・11後の霊体験を聞く』新潮社(2017年)/東北学院大学 震災の記録プロジェクト 金菱清(ゼミナール)編『3・11霊性に抱かれて 魂といのちの生かされ方』新曜社(2018年)ほか

※4 池上良正『津軽のカミサマ 救いの構造をたずねて』どうぶつ社(1987年)

(環境社会学 担当 名本光男)