授業紹介(No.8)フィールドで学ぶ―大名庭園「浜離宮恩賜庭園」を見学

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フィールドで学ぶ―大名庭園「浜離宮恩賜庭園」を見学―

環境社会学部では座学の講義だけでなく、フィールドに出て実地に学ぶ機会が多くあります。講義「ガーデニング概論」(担当:多田 充准教授)の授業では、近年のガーデニングのみならず、わが国の日本庭園の歴史と庭園様式についても広く学んでおり、江戸時代の「大名庭園」を実地に学ぶため、例年、浜離宮恩賜庭園の視察を行っています。以下にその概要を紹介します。

江戸時代になると、それ以前のさまざまな庭園形式をとりとこみ、「日本庭園の集大成」とされる回遊式庭園が成立します。「浜離宮恩賜庭園」は、東京都中央区の東京湾岸にある「特別名勝」、「特別史跡」の両方に指定されている池泉回遊式の「大名庭園」です。この場所はもともとは将軍家のお狩場でアシの生える湿地帯でした。1650年頃、松平綱重の別邸となり、その子6代将軍家宣が大改修を行い、11代将軍家斉の時代までにほぼ現在の姿になりました。将軍のレクリエーションや接待の場として使われただけでなく、江戸城まで数キロメートルの海岸にあるため、幕末には砲台が築かれるなど江戸城防衛の海側拠点の機能も担っていました。

浜離宮を特徴付ける庭園設備は「潮入の池」です。この池には水門を通じて東京湾の海水が引き入れられ、潮の干満によって池の景観が変化します。潮入の池は、都内にある江戸期の庭園では唯一現存するものです。この池にはボラやセイゴなど海水、汽水性の魚が生息しています。また園内には茶屋や鴨場(狩猟場)が設けられており、御成りになった将軍は茶屋をめぐって景色を楽しみ、鴨場で鷹狩りを行いました。

明治維新後は宮内省の所管となり、日本初の迎賓館「延遼館」が設置されて外国要人の接待に利用されたり、皇室の観桜会の場として利用されたりしました。昭和20年には皇室から東京都に下賜され、一般公開されています。

学生たちは、実地の視察を通じて、庭園の歴史やデザイン、庭園を維持するための維持管理についても、庭園をめぐりながら理解を深めることができました。

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現在の浜離宮庭園平面図(同庭園パンフレットより)
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家斉大改修後の浜御殿(浜離宮の旧名称)。大泉水(潮入の池)や中島は当時から存在したが、2箇所の鴨場や御伝い橋(中島にかかる橋)はまだ造られていない。8代将軍吉宗の時代には田畑や薬草園、ゾウ飼育舎なども存在した。

(東北大学附属図書館蔵 浜御殿地絵図 「浜御殿地浜御庭を歩く」より)

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八景山から潮入の池を望みながら説明を聞く学生たち
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庭園内「鴨場」の小覗。皇室では現在でも鴨場(越谷市、市川市)で鴨猟(網で捕獲後放鳥する)による賓客接遇がおこなわれています。
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三百年の松(右側)を見学する学生たち。この松は6代将軍家宣が庭園整備をしたときに植えられたと伝えられています。