口に合わない

  • コラム「環境と社会」

もうすぐお盆です。

今頃、東金キャンパスの周りの田んぼでは、頭を垂れはじめた稲穂を見ることができる頃だと思います。
学生の皆さんが、秋学期になってキャンパスを訪れるころには、すでに稲刈りがかなり進んでしまい、青々とした田んぼはもちろんのこと、金色に輝く稲穂を見ることはできないかもしれません。

さて、日本国内で、日々食べられている白い米が、この稲穂から収穫し、精米されたものであることは知っていると思います。
では、その米の銘柄は、何でしょうか。
日本のスーパーで買うことのできる米は、「コシヒカリ」「あきたこまち」「ゆめぴりか」「ひとめぼれ」「はえぬき」「ミルキークイーン」などでしょうか。いずれにしても、これらの米の食感は、どれも「もちもち」だと思います。
世界中で食べられている米について見てみると、日本で普通に食べられている「もちもち」とした食感の米のことを「ジャポニカ米」、または米粒の形状から「短粒米」とも言います。そして、その生産量は、世界中で生産されている米の約2割でしかありません(※1)。
一方、世界中で広く生産されている米は「インディカ米」で、米粒の形状からは「長粒米」と言われています。そして、その食感は、「もちもち」というより「ぱさぱさ」したものがほとんどです(※2)。

さて、ここでは、「インディカ米」を巡って、実際に日本で起こった歴史的な事件について見てみたいと思います。
1993年の夏は、今年のように暑くはならず、気温がとても低い状態が続き、全国的に不作となってしまいました。その結果、市中には米が出回らず、米不足が深刻化しました。そのような状況下で、タイ国より、自国の備蓄米を輸出したいとの申し出があり、日本政府はそれを受け入れました。タイの米は、市中に出回るにあたって、日本国内で収穫されたお米とブレンドされたり、抱き合わせされたりして、販売されました。
しかし、いざ販売が開始されると、わが国の人々にとって、インディカ米であるタイ米はなじみが薄く、さらに、日本の米と同じ方法で調理すると、独特の香りが残ったりすることもあって、家庭でタイ米を廃棄してしまうことも起こって、社会問題となりました(※3)。

でも、世界中で生産されているインディカ米は「まずい」のでしょうか。
かつて、日本に長期滞在したことのある、あるインドの人は、「日本では食べられるものがほとんどなかった」と言いました。また、あるタイの人は、「日本に最初に来た時、日本の米は美味しくなかったが、今は慣れたので、逆に美味しくなった」と言いました(※4)。
彼らの言葉から、私たちの味覚は、後天的なものであり、慣れによってどのようにでも変化するものであることがわかります。
また、「ジャポニカ米」と「インディカ米」の基本的な調理の方法の違いもありますが、私たちが「まずい」と感じる「インディカ米」については、世界の多くの人びとが「美味しい」と感じ、逆に、私たちが「美味しい」と感じる「ジャポニカ米」を「まずい」と感じる人もいるという事実も知らなければいけません。
この事件を通して、私たちは、味覚も含めて、さまざまな文化的なものについて、その文化を保持している人々の立場に立って考える必要があると思います。

最後に、日本語には、味覚に関して、異なる味覚を持った人を傷つけない言葉があることも、同時に知らなければいけません。
「口に合わない」、これは、「私」の味覚には「合わない」だけであるという表現です。この言葉を、ぜひ普段から使ってもらいたいものです。

(「社会調査法」「環境政策論」担当 名本光男)


(※1)岸田直子「特集1 米(2) [WORLD]生産量と消費量で見る世界の米事情」
          (農林水産省 https://www.maff.go.jp/j/pr/aff/1601/spe1_02.html)2021年8月8日参照
(※2)福田一郎 山本英治『コメ食の民族誌 ネパール・雲南と日本』中央公論社、1993年2月、p.73
(※3)山田優「プレイバック1993 平成の「米騒動」顛末記(セシウム検査問題から流通、政策まで、日本の主食の全貌に迫る コメが足りない!)」
          『週刊東洋経済』通巻6346号、2011年9月、p.64~65
(※4)筆者の聞き取りによる