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国際交流学科OG(現・大学教員)へのロングインタビュー

  • 資格・進路

話し手:羽鳥 美有紀 助教
語学教育センター
聞き手:三島 武之介 助教
(国際交流学科)

 

国際交流学科OGで、現在は、語学教育センターにて日本語教育に携わっておられる羽鳥 美有紀 先生に、国際交流学科・人文科学研究科での学生生活、そして、卒業後の職業人生について伺いました。

 

入学された頃は、どのように過ごされていましたか。

 1・2年生は、将来の目標を探していました。日本有数の国際大学に入学した以上、英語を話せるようにならないといけないとは分かっていたのですが、ついつい勉学以外のことに関心をもってしまい(笑)、なかなか身が入りませんでした。授業にはもちろん出ていましたけどね。

 

何が先生を「生涯学び続ける人」に変えたのでしょうか。

 転機が訪れたのは、2年生の終わりごろです。漠然とではありますが、空港で働きたいという思いがあったので、市山 マリア しげみ先生(写真右から二人目)の研究室の扉を叩きました。先生から英語はどのくらい出来るかと問われ、ありのままをお答えしたところ、勉強不足だと叱られてしまいました。

 勉強の仕方がよく分かっていないと正直にお話しすると、市山先生はその日から3~4カ月ほど、メールで英語の問題を送ってくれました。こんなにも親切に指導してくださる先生がいることに驚くとともに、先生の期待にぜひとも応えたいという気持ちになりました。それから、英語を文字通り必死になって勉強するようになりました。学内で実施されているTOEIC対策講座にも毎回参加しました。

 

先生の「変身」に対する周囲の反応はいかがでしたか。

 勉強に専念するようになってからすぐに、国際交流学科には自分と同じように、英語の学習に熱心に取り組んでいる仲間がいることに気づきました。ライバルができたことで、学習意欲が一段と増しました。

 JIUでは学内でTOEICの団体受験を受けられますが、それに加えて私は個人受験もしました。毎月のようにTOEICの試験を受け、結果が返ってきては仲間たちとスコアを比べ、競い合いました。市山先生はもとより、その時の仲間とも、今でも一緒に大学祭に参加したりと、交遊を続けています。

 

どのくらい勉強されたのでしょうか。

 市山先生と仲間たちのおかげで、私は英語学習の鬼になりましたね(笑)。3年生に進級した後、自宅通学に切り替えたのですが、大学までは往復5時間もかかりました。この時間を無駄にしてなるものかと、電子辞書を携帯して、ずっと英語の勉強をしていました。例えば、電車の中で目にすることやモノを、英語で何と言えばいいのかを調べていました。一日あたり200回は調べていたように思います。(写真はJIUへの留学生たちとの1コマ)

 こうした努力がTOEICのスコアアップにつながりました。おかげで、JIUの海外協定校の一つ、カリフォルニア大学リバーサイド校への国際交流研修にも自信を持って参加できました。1か月間ホームステイをしながら、現地の英語授業を熱心に受講しました。

 

市山先生のゼミでは、英語の他に何を学ばれましたか。

 端的にいえば、社会人になるためのステップアップの場でした。市山先生は、ご存じのように、学生に対して大人としてふるまうことを要求されます。挨拶の仕方、コミュニケーションの取り方、手紙・メールの出し方といった細部に至るまで、大人にふさわしい礼儀作法を、徹底して指導されました。

 さらに、毎週行われた「国際交流演習」では、自らが関心をもった時事問題について、報告するプレゼンテーションが行われていました。今も行われているようですね。ともすれば、学生は社会の動きを知らないまま、生活しがちですよね。ですが、市山先生が発表の機会を与えてくださったおかげで、私は社会への関心を持つことができました。

 当時は先生のご指導についていくので必死でしたが、実際に社会人として働きだした後、抵抗なく職場になじんでいけたことで、先生が常日頃おっしゃっていたことがよく分かったんです。市山ゼミを通じて、社会人になるための準備ができたのだと、感謝しています。

 

大学卒業後は、どのような進路を選ばれましたか。

 実は就職ではなく、留学の道を選びました。私は2004年卒ですが、当時は定職に就いたら、生涯同じ職場で働き続けるのが当たり前だと思われていましたから、やりたいことがあるなら、今のうちにやっておこう、という気持ちが強かったのです。半年間、カード会社の契約社員として空港で働いて、留学資金を貯めました。

 留学先は、更なる英語力の向上を目指し、カナダのブリティッシュ・コロンビア大学付属のESLを選びました。費用を節約するために、留学仲介業者は使わずに、全部自分で手続きしましたよ。10か月の留学でしたが、英語でのコミュニケーションには自信がつきましたね。

 

留学から戻られた後は、どうされましたか。

 JIUの就職課の方から、日本航空株式会社(JAL)がグランドスタッフを既卒募集していると聞いて、すぐ応募しました。運よく採用していただけまして、その後7年間勤務いたしました。

 日本航空の業務の中では、VIPセクションでの新入社員育成に携わった経験が印象に残っています。VIPセクションは、ファーストクラスのラウンジ、政府・経団連など向けの貴賓室でお客様に対応したり、搭乗口までエスコートしたりする部署です。実は、そこで指導する中での気づきが、今の私の研究のきっかけになりました。

 

どのようなことに気づかれたのでしょうか。

 外国人社員の方は、日本語は流暢なのですけれど、日本の企業文化に対する理解が低いように見受けられました。そこから、海外で働くためには、言葉だけではなく、言葉以外の考え方や価値観を理解する必要がある、ということに気づいたのです。

 

そこから大学院への進学を思い立たれたのですね。

 そうなのですが、それだけではないんです。日本航空に勤めている間、実は、ヒューマンアカデミーの「日本語教師養成総合講座」を受けていたのです。日本語教育にも関心があり、いつか日本語教員として海外で働いてみたい、と漠然と思っていましたので。

 そうした中でJIUの大学祭を訪れた折、市山先生から人文科学研究科に、日本語教育について学べるグローバルコミュニケーション専攻が新設された、と教えていただいたのです。運命を感じて受験し、2013年4月に入学しました。(写真は人文科学研究科修了式)

 

人文科学研究科では、どのように学ばれましたか。

 日本航空での経験を生かし、大学院では日本語教育に関する専門的知識を身につけました。そして、高見澤 孟 先生(写真右)指導の下、自分の専門分野を確立し、研究を行いました。そのかたわらで、海外での日本語教育を実践する機会を数多くいただきました。本学での教育実習のほか、コミュニケーション・インターンシップin 台湾にも参加しました。

 何よりも、独立行政法人国際交流基金から助成を受けて、JIUの海外協定校の一つ、カリフォルニア州立大学ロングビーチ校5か月の日本語インターンシップに参加したことで、日本語教育の視野が一気に広がりました。

 アメリカの日本語教育分野で高名な片岡 裕子先生の下で、様々な分野の日本語教育を実践しながら学びました。日本に戻った現在も、アメリカの研究者たちとの交流が続いています。片岡先生はじめ、カリフォルニア州立大学ロングビーチ校の先生方と一緒に、海外の学会に参加したこともありますよ。

 

人文科学研究科で、研究者への道を志すようになられたのでしょうか。

 その通りです。人文科学研究科によるサポートシステムの一つに、WSP(ワーキング·スタディ·プログラム)があります。これは、教学事務の補助にあたる大学院生に奨学金を支給する制度なのですが、私は市山先生の下で働きました。自分も指導を受けた先生が、後輩のみなさんに指導されている姿をみて、大学教員として生きることに憧れを抱くようになりました。

 

修了後、中国で教鞭をとられましたが、なぜ中国を選ばれたのでしょうか。

 当初、私はもう一度アメリカに行こうと思っていたんです。ところが、中国の大学を幾度となく訪問され、現地の高等教育にも大変お詳しい倉林 眞砂斗 先生から、これからの日本語教員は漢字圏をみた方がよいとの助言をいただき、半年間日本で準備した後、中国・瀋陽にあるJIUの海外協定校、東北大学に日本語講師として着任しました。

 

中国での教員生活はいかがでしたか。

 とても充実していました。当時の中国は、今と違って、まだインフラが整っていませんでした。教員用宿舎も汚くて、壁にはヒビが入っていましたし、エレベーターはもちろん、水回りすらありませんでした。また、私は中国語を学んだことがなく、宿舎の管理人の方は英語を話せませんでしたので、コミュニケーションにも苦労しました。

 ですが、学生と一緒に過ごす時間がとても楽しかったのです。とても学習熱心な上に、人懐っこい学生が多くいました。中国での教員の社会的地位はとても高く、学生たちは礼儀正しく付き合ってくれました。東北大学の先生方からは、とにかく学生と日本語でコミュニケーションをとるのがあなたの仕事だと言われ、授業の他は、部活動などで学生たちと一緒に過ごすことが主な業務でした。

教員としては夢のような生活でしたので、当初2年だけのつもりが、気づけば3年間勤めることになりました。4年目に入る前に、母校つまりJIUでの採用が決まりましたので、現在に至っています。

 

最後に、国際交流学科や人文科学研究科の後輩たちに一言お願いします。

 学生のうちは、自分に投資できる時間がたくさんあります。ですから、みなさんも学生時代に、どんな小さなことでもよいから、最低一つのことは必ず身につけてください。私は、国際交流学科の学生だったころ茶華道をやっていましたが、それが海外生活でも、今の仕事でも、とても役立っています。何が役に立つかと考えすぎず、興味をもったことをやり抜けば、きっと役に立つはずです。

 また、海外に出ると分かりますが、日本人なのに日本の文化を知らないことに気づきます。気づいた時がチャンスです。歴史が好きな人は歴史、サブカルが好きな人はサブカルからでも構いません。自分の興味がもてる事柄から、在学中に日本のことを多く学んでください。