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留学便り(1月・中国)

  • 留学

国際交流学科2年 萩原 悠斗 
(アドバイザー教員 李 穎清 助教)

 

中国・北京外国語大学に留学中の萩原 悠斗さんから留学便りが届きました。 

 

大学での勉強

 今月で今学期が終わりました。学期が始まったころは、すべて中国語で行われる授業についていくことで必死でした。しかし毎日の授業を通して、日に日に理解できる内容が増えていきました。クラスメイトも優しくて面白い人ばかりで、とても楽しく充実した学期でした。

 特に隣の席のオランダ人の子は、毎日一緒にペアワークをして、テスト前はよく一緒に勉強していました。彼はとてもまじめで、授業中に自分が困っていると、すぐに助けてくれました。来学期は同じクラスになるかは分かりませんが、また一緒に同じクラスで勉強できたらいいなと思います。

 学期が終わるにあたり、なんと私はクラスの最優秀生徒に選ばれました。自分が選ばれるとは思っていなかったので正直びっくりしました。来学期は今よりもレベルの高いクラスに入るので、頑張ろうと思います。

 

休暇の過ごし方

 今月の中旬から、中国人の友達の実家にきています。場所は中国北部にある内モンゴル自治区です。街の看板は中国語とモンゴル語の2つの言語で記されています。気温がとても寒く日によってはマイナス15度以下になりかなり冷え込みます。

 この地域に住む人々は、肉を多く食べる習慣があります。特に羊肉をたくさん食べます。料理は、友達のお母さんとおばあちゃんが作ってくれます。料理の種類も豊富でとてもおいしいです。日本から来た自分を友達の家族や親せきの方々が快く受け入れてくれました。

 内モンゴル自治区に来てから、家族と一緒に買い物に行ったり博物館や歴史的な名所を訪れたりしています。内モンゴル自治区はモンゴルとのつながりが強い地域です。かつては、モンゴルとの合併、もしくは独立国家建設などの様々な主張や考えがありました。

 しかし1934年に中国国内の自治区となりました。中国は国土が広いため、首都北京から離れた地域は自治区とし、政府から派遣された高官が支配したそうです。内モンゴル自治区もその一つです。

 今でもたくさんのモンゴル民族がこの地域に住んでいます。自分の友達やその家族もモンゴル民族です。自分自身、中国の一般家庭に滞在するのは初めての経験です。そして日常的に中国語を使う環境にいるので、新鮮で充実した毎日を過ごしています。

 友達のおばあちゃんと話をしていたときに、おばあちゃんの父は、日本語の翻訳家だったと話してくれました。しかし終戦後は中国を裏切ったと疑われ、逮捕されてしまったそうです。当時の写真も見せてくれました。とても強い衝撃を受けました。おばあちゃんにとって自慢の父だったそうです。

 また親戚の方々とも、日中関係の歴史と現在について話す機会もありました。友達のいとこのお父さんに、日本人は中国のことをよく思ってないのかと聞かれました。私自身はそんなことはないが、いいイメージを持っていない人も増えていることも伝えました。すると彼は、政治の問題はあるけれど、それはあくまで政府間の問題だ。私たち「平民」は仲良くするべきだ、といって握手をしてきました

 以前の私は、年配の中国人の方々は、日本に対して悪い印象を持っていると思い込んでいました。そのためもあってか、握手を求められたときはとてもうれしかったです。一方で、勝手な先入観により、中国の年配の方々に悪い印象を持っていた、今までの自分を恥ずかしく思いました。

 他にも、日本が満州国を建国した際に、内モンゴル自治区の北東部が日本の占領下におかれていたことなども話しました。

 友だちの家族はみな、私の拙い中国語を必死に理解しようとしてくれました。今までこのような話は、中国人の学生とすることはありましたが、自分よりも上の世代の一般の方々とするのは初めてでしたので、とても貴重な経験になりました。