留学
2026.02.06
リトアニアのミコラスロメリス大学に留学していた上村さんから留学報告が届きました!
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城西国際大学にはJ特待で入学したため、留学が必須となっていました。その中で見つけたのが、リトアニアという大変珍しい国でした。日本ではあまり知られていない国であり、ここしかないと感じたことに加え、他のヨーロッパ諸国と比べて比較的安価に留学できる点にも魅力を感じました。また、日本では比較的馴染みのない国であるからこそ、新しい環境に挑戦することで、人間として大きく成長できると考えました。さらに、第二次世界大戦中に当時の外交官であった杉原千畝がリトアニアに滞在していたことも、リトアニア留学を決めた理由の一つです。
一番の準備は、留学の選考に合格するために語学力の向上に力を入れたことです。当時はリトアニア留学の要件がTOEICスコア600点であり、入学してすぐに受けた最初のTOEICでは470点でした。市山先生のTOEICの授業にも真面目に取り組み、日頃から洋画や洋楽に親しむことに加え、BBCニュースやTOEIC公式問題集のリスニング音声を移動時間にシャドーイングし、頭の中で情景が思い浮かぶようになるまで勉強しました。その結果、680点を取得し、無事に選考に合格することができました。
また、生活面ではeSIMやレンジで調理できるご飯やスープなどを準備しました。私は片方のスーツケースをご飯用にして40パックほど持っていきましたが、準備する量は自分の食べる量やスーツケースの大きさに合わせて決めるとよいと思います。eSIMはネット通販で購入することができ、簡単にセットアップできるため、到着してすぐにインターネットを利用するために準備しました。
さらに、留学前にはその国の文化や挨拶、また日本とどのような関係があるのかについても調べました。事前に現地について理解を深めておくことで、より充実した留学生活につながると感じました。
リトアニアはロシアやウクライナに近い位置にある国で、街中にはソ連時代を彷彿とさせる建物も多く見られました。また、文化や食生活、言語なども日本とは大きく異なり、日常生活の中で多くの新しい発見がありました。
留学先の大学は非常に国際色豊かで、イタリア、トルコ、ウクライナ、カザフスタンなど、さまざまな国から集まった留学生とともに学び、生活しました。異なる文化的背景を持つ人々と交流する中で、自分とは異なる価値観や考え方に触れ、多様性への理解を深めることができました。
また、友人との会話の中では、ロシア・ウクライナ戦争について話題になることもありました。日本の日常生活ではあまり触れる機会のないテーマについて意見を交わすことで、国際情勢をより身近なものとして捉えられるようになりました。また、日本を国外から見つめ直す機会にもなり、日本の平和な環境や日常のありがたさを再認識することができました。
私が留学していた大学は、リトアニアの首都であるヴィリニュスに位置していました。ヴィリニュスにはヨーロッパ有数の規模を誇る旧市街が広がっており、荘厳な教会や独自の歴史を持つ地区など、多様な魅力にあふれていました。特にドミニカ精霊教会と聖ペテロ・パウロ教会はとても美しく、今でも印象に残っています。旧市街はどこを切り取っても中世の街並みを感じることができ、訪れるたびに新たな発見がありました。
一方で、大学は旧市街とは反対側の現代的なエリアにあり、通学の際には川を渡る必要がありました。川を越えると街の雰囲気が大きく変わるため、日々の通学や街歩きも楽しみの一つでした。中心部には高台に建つゲディミナス城があり、そこからは旧市街全体を見渡すことができました。
現地での生活では、多くの友人との交流も印象に残っています。旧市街にはラーメン店もあり、日本食が恋しくなったときには大学でできた友人たちと一緒に訪れることもありました。また、冬にはマラソン大会に出場する友人を応援したり、年越しの瞬間を一緒に過ごしたりするなど、かけがえのない時間を共有しました。日本に興味を持つ友人も多く、私たちとの会話の中で覚えた日本語を積極的に使おうとしてくれたことがとても印象に残っています。こうした交流を通じて、国際交流の楽しさや人と人とのつながりの大切さを実感しました。
寮生活では、コモンルームを活用しながら多くの交流がありました。誕生日会を開いたり、自国の料理を紹介し合ったりするイベントに参加したりしました。私たちはちらし寿司を作り、日本の食文化を紹介しました。また、リトアニアの人々は落ち着いた雰囲気を持ち、日本人と共通する部分もあると感じました。初めのうちは日本との表現方法やコミュニケーションの違いに戸惑うこともありましたが、一度親しくなるととても温かく接してくれました。その経験から、文化の違いを理解しながら相手と向き合うことの大切さを学びました。
大学では英語でリトアニア語を学ぶ授業を履修し、世界各国から集まった学生とともに学びました。授業ではプレゼンテーションや歌を通してリトアニア語を学びましたが、ヨーロッパの学生たちの積極的な姿勢に刺激を受け、私自身も以前より積極的に授業へ参加するようになりました。
さらに、授業や日常生活で出会った友人たちの多くは日本文化に好意的で、日本語のフレーズを積極的に学び、使おうとしていました。その姿を見て、国際交流において相手と良い関係を築くためには、相手の国や言語を理解しようとする姿勢が大切であることを学びました。
留学中は学生寮で生活していました。寮は3人部屋と2人部屋の2ユニットで構成され、最大5人でトイレやシャワーなどの共有スペースを利用していました。共有スペースの清掃当番も決められていましたが、生活習慣や考え方の違いから、寮内でのルールの運用がうまくいかないこともありました。その際は管理人に相談しながら解決を図りましたが、改善が難しい部分もあったため、最終的には部屋を変更することになりました。
新しい部屋ではモロッコ人とウクライナ人のルームメイトと生活することになり、お互いを尊重しながら快適に過ごすことができました。この経験を通して、多様な価値観を持つ人々と共同生活を送る際には、コミュニケーションと柔軟な対応が重要であることを学びました。
また、共有キッチンでは私物の管理に気を配る必要がありました。そこで、自分の持ち物に名前を記入するなどの工夫を行い、トラブルを未然に防ぐよう努めました。このような経験から、自ら考えて行動することの大切さを実感しました。
日常生活では、スーパーで買い物をする際に商品名が読めなかったり、英語だけでは十分に意思疎通ができなかったりすることもありました。しかし、そのたびに身振り手振りで対応するだけでなく、リトアニア語を積極的に学ぶようにしました。その結果、少しずつ現地の言葉でコミュニケーションが取れるようになり、買い物も以前よりスムーズにできるようになりました。
リトアニアという日本ではあまり馴染みのない国で生活する中で、文化の違いや、自分の意見を臆せずストレートに伝えることの大切さを学びました。ヨーロッパ各国の学生と比べると、私は英語力の面で苦労することもあり、授業内でも日常会話でも人一倍傾聴する必要がありました。一度会話に追いつけなくなると、その後の内容を理解することも難しくなるため、まずは日常会話で困らないレベルまで英語力を向上させることを目標にしました。
その後は、他人の意見に対して自分の考えを持ち、躊躇せずに伝えることを意識していました。その結果、英語力だけでなく、自分の意見を発信する力やコミュニケーション力も身についたと感じています。
留学を振り返ると、早い段階から積極的に発言する姿勢を持つことの重要性を実感しており、この経験は今後さまざまな場面で活かしていきたいと考えています。
今後の目標として、語学力を維持・向上させるために、まずは在学中にTOEIC900点以上の取得を目指します。また、IELTSにも力を入れていきたいと考えています。
これまでとは言語も文化も異なる環境で生活した経験は、自分の人生における大きなターニングポイントになったと感じています。現在は就職活動中ですが、留学で得た語学力や異文化理解、コミュニケーション力を活かし、第一志望の企業・職種から内定をいただけるよう、日々成長を続けていきたいと考えています。
留学に必要な語学力や資金を準備するまでにはさまざまな困難があり、留学中も思いどおりにいかないことや大変なことがあると思います。私が何か辛いことや悩むことがあった時に必ず行っていたのは、「まあいっか」と一言声に出すことです。そうすることで自然と気持ちが楽になり、前向きに考えられるようになりました。
大事なことは、失敗や辛いことをいつまでも引きずるのではなく、気持ちを切り替えて次に進むことだと思います。これは留学だけでなく、就職活動や試験勉強にも共通していることです。
自分の力で異なる国に行き、生活するという経験は、皆さんに忘れることのできない思い出と大きな成長の機会を与えてくれるはずです。まずは小さな目標でも良いので、一歩ずつ着実に努力を続けてください。
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※本記事は留学当時の体験に基づいています。記載されているJ特待制度の内容は当時のものであり、現在では留学は必須ではありません。詳細は、以下からご確認ください。