城西国際大学の教育研究活動に関する情報を発信するNewsletter。毎号、全7学部共通のキーワードを軸に研究者たちの多様な取り組みを紹介します。
今号のテーマ「問われる信頼」
生成AIの普及やデジタル環境の進展は、私たちの暮らしや社会に大きな変化をもたらしています。その一方で、情報の真偽や説明責任、プライバシー保護などが重要な課題となっています。いま私たちは何を信じ、どのように情報と向き合うべきなのでしょうか。信頼できる情報社会の実現に向けて、本学の教員が多角的に考察します。
信頼を築くには長い歳月が必要ですが、失うのは一瞬です。意図せずに相手に誤解を招く伝え方をした結果、信頼を失うこともあります。私はこれまで、「数字や言葉の一人歩き」が社会の誤解、そして信頼を損なわせることを、多くの方から教わってきました。
社会保障の分野には、「国民負担率」や「相対的貧困率」といった、一見客観的に見える指標や専門用語が溢れています。しかし、の正確な定義や算出された背景を理解しないまま、言葉の強いイメージだけで発信してしまうと、悪意がなくとも意図しない誤解や議論のズレを生みます。数字の背景を無視して語ることは、結果として社会における信頼を損なうことに直結するのです。
これは、私の専門である東アジアの介護制度の比較研究でも当てはまります。例えば「独居老人」や「デイサービス」という言葉は、日本と中国、韓国では制度の実態や内包する意味に各国間のずれがあります。表面的な文字面だけで比較しようとすれば、現地の真の課題を見失ってしまいます。
社会保障は、人々の「今日の暮らし」に直結する複雑な仕組みです。だからこそ私の授業では、制度や数値をただ覚えさせるのではなく、その数字が持つ真の意味や、言葉の奥にある人々の生活実態までを深く読み解き、誠実に社会へ伝える姿勢を育んでいます。専門的な情報を科学的な正確さを保ちつつ、平易な言葉に置き換えて丁寧に届けること。この「伝える責任」に向き合うことこそが、不確実な現代において本当の信頼を紡ぎ出す礎になると確信しています。

▲国民負担率の計算方法と構成要素を示した資料

▲貧困の測定方法の違いを比較した資料
<専門分野・研究テーマ>
社会保障論、高齢者福祉、人口学、統計学
<キーワード>
社会保障、人口問題、国民負担率、相対的貧困率、誤解
情報を集め、読み解き、自分の言葉で考えを伝える力は、大学での学びの土台です。私が担当する新入生向け授業「アカデミック・スキルズ」では、本の読み方やレポートの書き方、情報の集め方を教えています。生成AIの普及によって、それらしい文章や答えが簡単に作れる時代になりました。しかし、そこに自分の考えがなければ、言葉は空虚なものになります。AIが示した内容を確認せずに使えば、誤った情報や実在しない論文などを根拠にする危険もあります。口頭で意見を求められた時に、自分の考えを説明できなければ、そこには本人の言葉や思いがあるとは言えません。自分の理解が追いつかないまま形だけを整えた言葉は、信頼を損ないます。人が考え、悩み、工夫して生み出した言葉には、その人らしさや思いが表れます。そのような積み重ねが、信頼につながるのだと思います。
▲アカデミック・スキルズの授業風景
<専門分野・研究テーマ>
社会学、ジェンダー研究
<キーワード>
アカデミック・スキルズ、生成AI、言葉、思い
信頼は、最初から生まれるものではなく、やり取りの積み重ねの中で育つものだと思います。私は本学の日本語教員養成課程(副専攻)の科目担当として長く携わり、学生たちが海外日本語教育実習の研修で実際に教壇に立つ姿を見てきました。研修前には、教案の立て方や授業の進め方などを学び、現地の学習者に日本語を教えます。最初はどう教えてよいか分からなかった学生も、学習者と向き合う中で「教えることができた」という実感を得ていきます。それが日本語教師を目指す大きな動機づけにもなります。教える、相談にのる、挑戦する、うまくいったら褒める。その繰り返しの中で成果が見えてきた時、信頼は少しずつ育まれます。そして、将来、教師となった時にも、日本語学習者が「分かった」「話せるようになった」と実感できることが、教師への信頼につながります。相手と向き合い、小さな成功体験積み重ねることが、信頼を育てていくのだと思います。

▲日本語教授法の授業風景
<専門分野・研究テーマ>
日本語教育、日本語教員養成、異文化コミュニケーション、語用論
<キーワード>
日本語教員養成、海外研修、日本語教育、コミュニケーション
効率化やAIが極限まで進む現代、便利さの裏で人と人との「信頼」の希薄化が問われています。主に将来観光業で活躍する人材を育てる本学部では、学生が社会に出る前のインターンシップを重視しています。
かつて私は、電話やメールのやり取りだけで学生の受け入れをお願いすることもありましたが、それでは心の通う連携が生まれませんでした。現地へ足を運び、相手と対話を重ねる。その泥臭いプロセスの先にしか信頼関係は築けないことを実感しています。
学生には、教室では得られない経験を現場でしてほしいと思っています。AIがどれほど進化しても、現場で人と会い、五感で感じる体験の価値は変わりません。「顔を合わせる」経験の積み重ねこそが、他者と確かな信頼関係を築く力になるのだと信じています。

▲テーブルセッティングを行う学生
<専門分野・研究テーマ>
英語教育学(英語教授法)、宿泊業への人材育成
<キーワード>
ホテル、旅館、インターンシップ、人材育成
ネット上では相手の顔が見えず、「それっぽいから大丈夫」という感覚的な信用は通用しません。送られてきたデータが本物か、改ざんされていないか。デジタル社会の「信頼」を根底から支えているのが、暗号技術という客観的な数学の土台です。私は、情報の安全な往来を守る暗号の数理的構造に関わる研究をしています。安全性を検証する際は、攻撃者が難解な問題をより簡単な構造へ変換して解読を試みることも想定し、現実的な時間では破ることが困難な強度を追求します。この“見えない楯”が、データが本物であり、改ざんされていないことを保証しているのです。
しかし、社会の信頼は技術だけに頼って成り立つものではありません。私たち一人ひとりが情報の真偽を見極める「セキュリティ意識」を持つことも重要です。数学の楯と私たち一人ひとりのセキュリティ意識。この両輪があって初めて、社会の確かな信頼が成り立ちます。
▲暗号技術の仕組みを学ぶ授業
<専門分野・研究テーマ>
代数幾何学、暗号理論
<キーワード>
数学、暗号技術、安全性、情報セキュリティ
「答えがあるから嘘が生まれる」。正解のないクリエイティブの世界では、表現そのものに一つの正解はありません。しかし、自分の主張や意図を反映しないままAIに安易な正解を求めると、ユーザーを肯定するAIの特性に呑まれ、誤情報を盲信する「麻痺」に陥ります。これでは表現の信頼は得られません。
私の「情報システム論」の授業では、学生が旅行プランや映画風ポスターの企画にAIを活用しています。ここでも、自らのアイデアをプロンプトに反映させるからこそ個性が光る作品が生まれます。AIは、自分の思いを形にしてくれる存在でもあります。
技術が進んでも、何を伝えたいかを言葉にすることの大切さは変わりません。自らの感性や価値観を語り、AIを使って形にする。人間が考え抜いた熱量こそが確かなブランドとなり、表現における信頼を築くのです。

▲生成AI、Geminiを使って作成した東京紀尾井町キャンパス周辺のカフェマップ
<専門分野・研究テーマ>
デジタルマーケティング、ビジネスモデル、地域情報、データサイエンス
<キーワード>
生成AI、情報システム論、クリエイティブ、デジタル時代、表現
細菌が薬を無効化する「薬剤耐性」のメカニズムを、薬を分解する酵素「β-ラクタマーゼ」の構造解析から究明しています。医療を支える創薬研究において、私の原点は「得られた結果を疑い、検証し続ける」ことです。
近年、研究現場でも生成AIの活用が進み、データ分析は劇的に効率化しました。しかし、AIの導き出した答えを妄信すれば、医療の根幹を揺るがす判断ミスを招きかねません。データを自分の頭で解釈し、論理的に説明できてこそ、研究に「信頼」が宿ります。
薬剤耐性の問題を考える上では、目の前の結果だけでなく、その先にある医療への影響までを見据える。そうした誠実な姿勢を持ち続けることが研究者としての責任であり、その積み重ねが研究者個人や研究室、大学への信頼にもつながっていくのだと考えています。

▲薬剤耐性の仕組みを解明するβ-ラクタマーゼの立体構造
<専門分野・研究テーマ>
微生物学、構造生物学
<キーワード>
β-ラクタマーゼ、薬剤耐性、研究者、医療
脳卒中を経験した方から「リハビリ直後は歩けても、夜中のトイレや朝起きた直後は思うように歩けない」という声をよく耳にします。どれほど病院内で歩けても、自宅という生活の場でその効果が発揮されなければ、医療者との真の信頼は得られません。
私は、そうした日常生活の中にある困りごとに着目し、近年は、「噛む力(咬合機能)」と歩行安定性の関係を調べています。マウスガードを用いた検証では、歩行や姿勢が安定する兆候も見え始めています。
大切なのは研究そのものではなく、患者さんが安心して生活できることです。患者さんの困りごとを少しでも減らし、その人らしい生活を支える方法を考え続けること。その積み重ねが、患者さんとの信頼関係につながるのだと思います。

▲脳卒中片麻痺者に対し製作したマウスガード
<専門分野・研究テーマ>
神経系理学療法学、介護予防学、リハビリテーション管理学
<キーワード>
脳卒中片麻痺者、リハビリ、マウスガード、咬合機能、転倒予防
学生による高齢者へのスマホ指導を通じ、私たちは世代間交流が認知機能に与える影響を研究しています。指導終了後、2カ月間のLINE交流において、交流頻度の高い高齢者ほど「頭の健康度」が向上する傾向が見えてきました。
しかし、私たちが最も大切にしているのは、技術の伝達ではありません。学生には容易なスマホ操作も、高齢者には時に高い障壁となります。だからこそ、「できない」と決めつけず、相手の目線に立って困りごとを考え、敬意をもって寄り添うことが必要です。
行政手続きすらデジタル化される現代だからこそ、対人支援の基本である「相手を敬い、寄り添うこと」の大切さが問い直されています。この目線を合わせる真摯な姿勢の積み重ねこそが、確かな「信頼」を紡ぐのだと思います。

▲高齢者にスマホの使い方を指導する学生
<専門分野・研究テーマ>
成人看護学、看護技術、認知症、QOL
<キーワード>
高齢者支援、デジタル利活用、健康促進、頭の健康度、域学共創プロジェクト