看護学部 大森 直哉
「早く普通の生活に戻りたい。」そうした悲痛な叫びとともに、「治療薬があればなあ」「ワクチンできないの」という声があがります。今、欲しいのに、開発期間を考えると「流行は終わっているよ」と思うかもしれません。しかし、長期戦になることやインフルエンザのように毎年流行するようになるなども考えておかねばなりません。ワクチンも治療薬もない今、皆さんが日々取り組んでいる公衆衛生上の施策があって、はじめてウイルスに対抗することができるようになります。今日は、ワクチン開発の前に「人類とウイルスの関わり」についてお話します。
ウイルスは、生物の細胞に感染しなければ増殖ができない(自己増殖できない)、「生物」の共通性に当てはまらない特徴を持っています。そのため、ウイルスは「生物」と「無生物」の中間の特徴をもつものとして扱われます。細菌とウイルスは混同されがちですが、細菌は細胞をもち、細胞分裂を繰り返して自己増殖できる特徴を持つ「生物」です。ウイルスがどのようにして生まれたのかについては、研究者の間でもいまだ議論が分かれていて、宇宙の果てから隕石と一緒に地球にやってきたと考えている研究者もいます¹(パンスペルミア仮説といいます)。
人類がいまだその正体のすべてを明らかにできていない得体のしれない存在であるウイルスは、これまで幾度となく人類を脅かしてきました。1600年~1700年代に猛威を奮った天然痘(天然痘ウイルス)や1900年代初頭のスペイン風邪(インフルエンザウイルス)、1980年代のエイズ(ヒト免疫不全ウイルスHIV)、最近では2014年にアフリカを襲ったエボラ出血熱(エボラウイルス)、そして今回の新型コロナウイルス肺炎(COVID-19)(ウイルスはSARS-CoV-2)など例を挙げれば枚挙に暇がありません。世界的な流行とはいかないまでも、日本でノロウイルスが流行する年がありますし、肝炎も肝炎ウイルスが引き起こす病気として知られています。ウイルスは私たちの身の回りに身近に存在する厄介者なのです(ただし最近の研究で、真核細胞の進化の過程でウイルスが関与していた可能性が示唆されています²。地球上に生物が存在するためにウイルスの存在が必要だった可能性があることも忘れてはなりませんし、現在開発中のCOVID-19のワクチンはウイルスの感染能力を利用したもので、使い方によっては私たちの味方にもなります³。)
ウイルスが引き起こす病気を人類が撲滅できた唯一の例が天然痘です。天然痘は紀元前より、伝染力が非常に強く死に至る疫病として人々から恐れられていました。また、治癒した場合でも顔面に醜い瘢痕が残るため、江戸時代には「美目定めの病」と言われ、忌み嫌われていたとの記録が残っています。天然痘ワクチンの接種によりその発生数は減少し、WHO(世界保健機関) は1980年に天然痘の世界根絶宣言を行い、以降これまでに世界中で天然痘患者の発生はありません4。ウイルスを撃退することができたワクチンとはどのようなものなのでしょうか。次回はワクチンに関して、お話していきます。
【追記】ワクチンはあくまでも「予防」が目的であって「治療」が目的ではありません。みなさんの中に治療薬ができればワクチンは必要ないのではないかと考える人がいても不思議ではありません。しかし、インフルエンザにワクチンと治療薬の両方があるように、ワクチンと治療薬の両方そして公衆衛生上の施策が伴うことによってはじめてウイルスに対抗することができるのです。さらにいうと、過去にインフルエンザパンデミックが起こったとき、第1波と第2波の2回流行時期が生まれています5(下図)。現在起こっている流行が第1波だとすれば、数か月後に第2波の流行が来てもおかしくありません。その場合に備えて治療薬とともにワクチン開発が速やかに進められることを切に願っています。
看護学部 基礎医学分野 教授:大森 直哉 (おおもり なおや)
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