薬学部 三浦 剛
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療に向けて、いくつかの薬が注目されています。ロピナビル・リトナビル配合剤(販売名:カレトラ®配合錠・カレトラ®配合内用液)は現在、HIV感染症のみに効能・効果(日本で承認された適応)がある抗ウイルス薬で、米国アボット・ラボラトリーズ(現米国アッヴィ社)が開発した医薬品です。このロピナビル・リトナビル配合剤の作用や、治療薬としての可能性についてご説明します。
ヒト免疫不全ウイルス(HIV)は、免疫細胞(特にヘルパーT細胞)に感染し、増殖することで免疫機能を徐々に低下させます。そのため治療ではウイルスの増殖を抑制し、免疫機能を保つことが重要となります。抗HIV薬は、その作用する仕組みにより以下の様に大きく分類されます。
HIV感染症の薬物治療は、耐性ウイルスの発生を極力抑える目的で、上記の様な作用機序の異なる抗HIV薬を組み合わせる多剤併用療法で行われます。
ロピナビル・リトナビル配合剤は2種類の成分が配合された合剤と呼ばれる医薬品となります。ロピナビルは、上述した中のプロテアーゼ阻害薬として働きます。一方、リトナビルは、肝臓や小腸に存在するロピナビルの代謝酵素(シトクロムp-450群のうちCYP3A)を阻害する作用をもつため、この2剤を配合することで、ロピナビルはその効果を減弱されることなく有効血中濃度(効果)を維持することができます。
現時点において、ロピナビル・リトナビル配合剤のCOVID-19に対する明確な作用機序は明らかにされていませんが1、ミラノ大学のContiniは、FDA(米国食品医薬品局)により承認されている約3000種類の医薬品について、ウイルス由来プロテアーゼとのドッキングモデルを用いてコンピュータ上でスクリーニングを行いました。その中でロピナビルがプロテアーゼと結合できる可能性が高い候補薬剤のひとつであることを報告しており2、その効果が期待されています。
ロピナビル・リトナビル配合剤は、日本でも試験的に投与されています3,4。しかし4月10日現在、COVID-19に対する効果は、まだ十分に検証されているとは言えません。
そのような中、治療効果に関する中国で実施されたランダム化比較試験の結果が2020年3月に報告されました5。この試験では、199人の感染患者を、「標準治療を14日間受ける群100人」と「標準治療に加えてロピナビル・リトナビル配合剤を14日間服用する群99人」に分けて比較しました。その結果、上記2群において臨床的改善までに要する期間に有意差は認められず、28日までの死亡率も同等でした。また、ウイルスRNA検出患者割合の経時変化についても差は認められませんでした。
今回の試験では、重症COVID-19で入院している成人患者において、ロピナビル・リトナビル配合剤投与により、標準治療を上回る有益性は観察されませんでした。しかし、この論文だけでは、まだ十分に検証されているとは言えません。対象患者の数や重症度等、デザインの異なる新しい臨床試験の報告等により薬の評価は変化する可能性があります。今回紹介したロピナビル・リトナビル配合剤に限らず、様々な薬の研究を進めることにより、有効な治療法が確立されることを期待しましょう。